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■エコロジストのための経済学
小島寛之

「一億総エコロジスト」。なのに何故環境は良くならないのか。この本は、エコロジーに関する本ではない。方向としては経済学を学ぶ学生や経済に興味を持った社会人を対象とした本だと思う。それでも、読んでみるとなかなか含蓄の深い本である(ちなにに私はエコロジストではないのだが)。日々私が感じている疑問や葛藤に「答え」までいかなくても、「私的解説」を加えてくれる。ところどころ、論理の方向性が「経済一辺倒」に向くところは気になるが致し方もあるまい。あまり同意できない部分もあるくらいの本の方が読み応えがある。いくつかの項目に限定して紹介する。

●「コモンズ」と「オープンアクセス」について

独占企業の戦略が自然環境に対する対処方法にも適用できるのではないかという考え方。オープンアクセスとは「誰もが扱い得る資源など」を表す言葉。共有財産を誰でも扱い得る形にした場合、経済学的には取り返しがつかないくらいに荒れてしまうという。確かに、自分の土地と共有の土地、どちらにゴミを捨てるかの選択をする場合、人は得てして共有の土地に捨ててしまうのだろう。

●「ゲームの解」と「ナッシュ均衡」について。

環境問題は地球規模で影響を及ぼす。環境破壊が各国に均等化されるという状況下では、各国が生産性を重視した環境破壊的創造を目指してしまう。「ゲームの解」と「ナッシュ均衡」について詳しく説明するのは避けるが、要は「最善の選択をしたい」と考えていても、相手(競合他社など)に対する不信感から、お互いにとって利益の少ない選択を取ってしまうという考え方。囚人のジレンマも同じ。相手を信頼できない限り、取りうる選択はいただけないものになってしまう。愛し合っている男女がどちらからも告白せずに友達のままでいるのに似ているとの例も紹介されている。まあ、これはありうるだろうね。愛し合っているという定義も良く分からないけど。
環境問題も自分の事として置き換えたくても、「自分だけの責任じゃない」と考えると他者に対する不信感から行動を起こせないということがあり得るだろう。

●「ケインズ経済学」

経済の安定を図るための公共事業推進。それにともなう自然破壊。雇用安定のための自然破壊がなされているとも言える。更にケインズ経済学の落とし穴が、「自然に直接関わりを持たない官僚」によって決められるという点。自分自身に害がない状況下で、人は清廉潔白な行動を取りづらい。賄賂の温床となるだけでなく、自然環境を破壊することに歯止めがかからない。

●「ピグー税」「ボウモル=オーツ税」

環境破壊をする企業から、その環境破壊によって受けた被害を賠償させる。これは、誰が自然を所有しているのかといった根本が決まっていないと機能しない。それでも、賠償による歯止めはかかるとも言える。根本的解決ではないが、部分的には有効かもしれない。

●それではエコロジーに繋がる経済学とは?

ここが本題だ。著者は「現在模索中である」ことを文頭から述べている。確かに難しいのだ。経済を無視したエコロジーがナンセンスであるのは私も感じている。官や政治による誘導も必須だろう。ただ、どうしたら良いのか。「不確実性下の意思決定理論」というのは面白かった。結局、温暖化自体が「本当はこういうメカニズムである」という解釈が出来ない分野なのだ。そのような状況下で取りうる選択とは。

著者は「成功」記憶の電波を基にした「エコカード理論」を提唱する。内容は本を読んでいただきたい。私の感想だけ述べる。

これはカードという現実物を存在させているところに無理があると思うが、思いを伝える(つまりは「この方向の方が良さそうだな」と思わせる広がり)は大切だとは思う。つまりは、不確実下の意思決定理論を「記憶に裏づけさせた快適性」を元に煽情する。言い換えれば、一過性ではない「楽しさ」をエコロジー行動に紐付けさせる。私が「ふと、エコロ人」を立ち上げた根本である。経済学とは少し離れてしまうけど。

まあ、これが難しいのだけれどね。